| よくぞここを発見されましたね。 |
| ここはいわゆるFAQ(よくある質問)です。 |
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| <特技のひょっとこ踊り> |
| 長いこと陶器に携わってきておりますが、陶芸家と名乗ることにはいささか抵抗を |
| 感じます。陶器を作り始めた動機も自分の使う器を作るという単純なものでしたし、 |
| 自分の気質は芸術家というよりは職人だと自覚しています。人から尋ねられれば |
| 通りがいいので陶芸家と名乗ることもありますが、活字で書く場合には『陶工』と |
| 書くことのほうが多いです。芸道としての陶磁は今後も深く学びたいと思いますが |
| 謙虚な職人を目指していきたいと常々考えています。 |
| 何焼きなんですか? |
日本の焼き物は、土地の陶材を使った地場産業として発達した経緯 |
| から土地の名前を冠して「○○焼」と呼び慣わした様式が多数ありま |
| すので、皆さん決まって何焼きかを訪ねられますが、私のような個人 |
| 作家は多くの場合土地柄様式を踏襲せず、自由な創作を実践してい |
| ますので何焼きかを決めるのは難しく、あえていうなら「若林焼」です |
| 現代陶器の個人作家は、私も含め、多くの人が絵画や彫刻と同じく |
| 「どこの焼き物か?」ということよりも「誰の焼き物か」ということを念 |
| 頭において制作しています。もちろん伝統の「お国焼き」はどれも尊 |
| 重していますし、それぞれに好きです。また、学ぶところも大いにあ |
| りますが、自己の表現としての陶器製作は個人的創作意欲と制作 |
| 理路が優先するということなのです。動物に例えると、伝統の○○焼 |
| が血統書付きの純血種とすると、私などは雑種中の雑種です・・・ |
どこで焼き物を習ったんですか? |
茨城県の岩間町にご縁があって5年間住まいまして、そこで覚えまし |
| た。筑波山系の山々に囲まれた農村での暮らしは足裏の力の乏し |
| かった自分にはとてもいい鍛錬の機会になりました。隣には伝統の |
| 窯業地笠間町があり、また栃木県の益子町も近く陶磁器を志す者に |
| とっては理想的な環境であったと思います。師匠は持ちませんでした |
| が、笠間・益子の窯元さんや作家さんにはとても多くの示唆を頂いた |
| ように思います。人の下について学ぶのが嫌いであったので、どなた |
| にも弟子入りせずに独習しましたが、色々な自分なりの発見や到達 |
| 感が味わえて苦ではありませんでした。今でも新しいことに挑戦する |
| 場合にはなるべく安直に人に聞いたりはしないで、自家研究をしてい |
| ます。要は臍曲がりなんです。 |
焼き物で食えるんですか? |
「芸術で飯は食えない・・」という先入観は誰しもが持っていると思い |
| ます。私もそう思っていました。がしかし、案外成せば成るもので陶房 |
| かまなりやは、運良く今の時代にもどうにか生業が立っています。 |
| とはいうものの、作品の売り上げのみで安定した収入を確保している |
| わけではなく、陶芸教室・作品展・イベントを織りまぜて、臨時収入の |
| 寄せ集めのような所得の形態でからくも生きているのが現状です。 |
| いわば明日の保証がない状態ですので、これをして食えていると言え |
| るかどうかは疑問ですが・・・焼き物屋の格言に「食器を焼いていれば |
| 食いっぱぐれがない。」というのがあります。うがった冗談でしょうが、 |
| 絵画や彫刻などに比べると作品を売りやすいという側面があるのも |
| 確かですよね。また逆に工芸は用途が足枷になって「不自由な芸術」 |
| とも言われていますが、一長一短は何につけてもあるものでしょうね。 |
どうして髭を生やしてるんですか? |
髭には小さな頃から憧れがありました。自由業はそれこそ自由があり |
| ますのではやしはじめましたが、この状態に慣れると髭のない状態の |
| ほうが不自然に感じます。江戸の昔、人々は 『月代』 といって額を |
| 剃りあげて髷を結っていましたが、今は剃っている人はいません。 |
| 翻れば、生えるものを剃るのが不自然なのではとも思います。 |
| しかしながら、伸びたヒゲ面はきれいだとは思いませんし、お子さんに |
| 泣かれたりすると少々寂しいですな。 |
| これでも一応は毎月バリカンで刈りそろえてはいるのです。 |